2013.03.04

爾俸爾禄、民膏民脂。

えーと、いまさらですが、中央日報日本語版の記事(http://japanese.joins.com/article/913/168913.html)より。

日帝海兵隊MP之図壱

いやもうさんざん某所とか某所とかでネタにされつくした記事だとは分かってるんだ。
後ろにいる日本兵が、彫りが深くて肌が白くて迷彩服着てテッパチが違くて「MP」って腕章つけてるのもわかってるんだ。

いやツッコミたいのはそこではなく。

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2013.02.12

またバカなものを作ってしまった(同案多数)。

やっつけ仕事とはこういうことを言うんだぜw。
…同案多数だろうなぁ。
Space_for_rent

たぶんプラカードの文字は見事にEngrishなんじゃないかと思います。
All your base are belong to us.

…あ、ついでにクラッキング除けのおまじないも書いとこ。
「急急如律令。勿忘六四天安門。」

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2009.04.20

続・願わくは、望月のころですの。

正編より続く)

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2009.04.07

願わくは、望月のころですの。

 珍しくHoI2DDなどやりたくなってさてどこにすべぇかと思い、とはいえ大国はやだし大兵を指揮する戦争もやりたくないしと思って、そういえばペルシャをマジでやったことは無かったなぁと思いペルシャに手を付けてみたりして。
 とりあえず潤沢な石油で莫大な物資と資金を入手、中国諸軍閥に独立保証をかけまくり、さらにイギリスに貢ぎに貢いで1937年初頭には立憲君主制ペルシャは連合国入りに成功。とりあえず英ソによる分割だけは避けられたが、東からインドを通り抜けて傀儡国民党軍の津波が押し寄せて来るのは避けたいので盧溝橋事件と同時に国民党に肩入れしてオイルダラーを無償援助の嵐。日本の攻勢が黄河で停頓した辺りを狙って日本本土にパルチ爆弾を投下しまくり。一方、イギリスからフィジーとタラワを交渉で入手、ポーランドにはフィジーを、ノルウェーにはタラワをほぼ無償で提供。ポーランドが降伏しないのでマンシュタインプランが発動せず、欧州戦線はマジノ線で停滞(ヴェーゼル演習はほぼ成功、但しノルウェーはタラワに亡命政権を作って頑張っているため占領地扱い)。
 そうこうするうちに日本本土でパルチザンが蜂起するようになり(最初は名古屋だった…名古屋人って…)、日本の実ICが国民党の実ICを割り込むようになった。遂に国共統一戦線の逆襲が開始され、蒙古国、満州国は消滅、関東州と朝鮮半島全土も制圧され、日本は屈辱的講和を受け入れた(台湾・関東州を国民党に割譲、韓国は独立し国民党の属国に)。ていうか日中戦争の中国単独勝利イベントって初めて見ました。なお、この時点で組閣の大命が野坂参三に降下、大日本帝國は一君万民のスターリニスト国家と相成った(日本語版なので元首が大本営から野坂に変わっただけであるから)。
 ところが「まだ負けてない」と主張する海軍に押された野坂政権は真珠湾攻撃を実施(おいおい)、アメリカ・オランダが連合国入りしここにABD包囲網が成立。オランダ本土はあっけなくドイツの手中に落ちたが、ベルギーが中立なため西部戦線異状なし(苦笑)。一方日本はフィリピンの土を踏むどころか、南洋諸島を瞬く間に米英に占領され、いきなり本土決戦。四国と北海道に米軍が、遠州灘に英軍が上陸し、かろうじて関西と中国・九州に守備隊のハイスタックを積み上げることにのみ成功。さらには講和条約の切れた国共統一戦線からも宣戦され、まさしくABCD包囲網完成状態。
 ちなみに同志スターリンは冬戦争の失敗に懲りてか一国社会主義路線を堅持し、モロトフ=リッペントロップ協定を忠実に遵守、内政にのみ集中。ドイツもバルバロッサ発動の余裕はなく、東部戦線は平穏。ドゥーチェはフランスも倒せないドイツを白い目で見つつ、アルバニアで満足してこれも本家ファシスト国家の国力増大に専念。従って中東はとても平和なので、オイルダラーを背景にドイツと日本でSAVAKというかペルシャの幻術士が暴れまくるというなにそれな展開である。ときに1947年。ゲーム外時間で2009年4月7日午前3時過ぎ。海空軍を持たない(そもそも空軍ドクトリン研究機関も、海軍に至っては艦船研究機関すらない)し原子力もないペルシャはもうあとは時間切れまで心ゆくまでスパイ大戦しかやることが無いと見切ったので、プレイヤーとしては満足して寝る。

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2008.11.16

松本に行ってきました。

 えー、唐突ですが、母方のいとこの披露宴で15・16の両日、松本に行ってきました。といっても、披露宴に出席するのはうちの老父母だけで(いとこを全員出席させるととても席が足りない)、私は運転手のリザーバー(といっても結局リザーバーのみ)という立場でしたが。

 で、15日の朝方家を発って、丁度紅葉が見ごろな中央道経由で昼過ぎに到着したのですが、ホテルがまだチェックインを受け付けてくれません。仕方ないので陸続と到着する親族一同うち揃って松本城を見学に。

(ここに松本城の写真が入ります)

国宝・松本城(撮影:俺様)
 
 (相対的に)若い者だけ天守に上ってきましたが、斜度65度の階段を階段とは言わないだろおい。しかもそこで観光客の大渋滞発生。このまま床が抜けたら実に間抜けな死に方だなぁとか本当に思ってしまいましたよ。
 ちなみに本当に戦闘城塞なので基本的には外を覗けるのは鉄砲狭間とか矢狭間とかしかありません。ということで上からの風景はいい写真が取れなかったので省略。

 その後、ホテルに戻ってようやくチェックイン。親族と別行動を取り、地元住民K氏と合流して松本を案内してもらいました。なわて通りでは宇宙堂(http://www.uchudo.com/uchudo/)さんを見学したり、松本市はかり資料館さんを見学したり。どちらも眼福でした。ちなみに後者は後藤家極印入り瓢箪型分銅や棹秤、上棹天秤、繭玉雌雄鑑別器、浮標式比重計などが展示してあり、レトロ度量衡好きには極めてお薦めです(但し、計算尺はありませんでした。>ごく一部の好事家の為の付記)。骨董店(店名不詳)では「70 オクチャブリ」とロシア語で書いたバッジ(槌と鎌のマーク入り)が500円で、買おうかどうか迷ったのですが使い途がないので止めました(ちなみに60周年記念もあり、こちらも同額)。あと、松本市時計博物館も案内してもらったのですが、こちらは数分差で閉まっていて入れませんでした。
 まだ飲食の予約に間があったので、なぜか「紙風船:松本支店」(…なぜこんなところにこんなものが)の所在を教えてもらい、独りで覗いてきました。

結論:「東方系」って中身全然知らないので、店の商品の半分近くがよく判んない。

 そのあと地酒の美味しい店を2店ほど紹介してもらって梯子。世事に関する色々と黒い話や(黒いので略)、「Fate世界は『氷室の世界』によればRSBC世界の上に乗っているらしい」とか「朝鮮倭乱って末期戦マニアには絶対萌えだと思うのに何で小説で出ないんですかねぇ」「いやそれを出す蛮勇のある出版社は少ないと思うぞ。取りあえず僕としては『常山紀談』あたりで十分楽しめるので、専門的な詳細は(共通の知人)H氏に聞きたまえ」とかの久方ぶりのオタ談義などに花を咲かせて来ましたよ。

 量を過ごすこともなく、悪酔いもせずに別れ、翌日に酒を残すこともなく、帰りも紅葉を見ながら無事帰宅することができました。結局リザーバーの出番はありませんでしたけど。

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2008.08.25

かろうじて鑑賞に堪える写真。

 えーと、「平成20年度富士総合火力演習」ですが、前エントリにも書いた通り天候不良と機材防護のため、殆ど真っ当な写真が撮れませんでした。(ひどいのになると「曇ったレンズ」だけ、とか…)

 その中でかろうじて鑑賞に堪えそうなものをご紹介。ただ、元サイズにするともうね、ピンボケと手ブレでダメダメなのでサムネイルだけ。クリックしてもポップアップしたりしませんので予めご了承下さい。

(対地射撃体勢の戦闘ヘリの写真)まああれだ、こういう天候だったということのご紹介でありまして、ヘリの映り自体はご勘弁を。ちなみに曳光弾は僚機の火線です。

(74式戦車の写真)かろうじて雨の隙をついて撮ったもの。ていうか戦車の写真これしかないよママン。

(装甲車の写真)仕方ないので装甲車の写真も動員。後ろに明らかに植生の違う四角いこんもりした物体が見えますが、地雷原処理車のカモフラージュです。

(旋回する輸送ヘリの写真)でもまあ、この荒天でこの高さでバートルがこういう旋回をかます訳ですな。すごいよ陸自さん。(本職に言わせればこれくらい当然?まあそうかもしれんが)



おまけ:
(超級猛者の写真)後ろ姿だからまあ本人承諾なしに載せますが。観戦に来てた激しい猛者のおねえちゃん二人組の片割れです。日照対策はキャップのみ、白の長袖Tシャツと黒キャミ、下はローライズジーンズ。かろうじて靴はスニーカーですが、相方さんはローヒールとはいえヒールつきのパンプス履いてました。雨天対策はビニール傘のみ。地べたに敷いているのは売店でパチって来たダンボールです。当然すぐ吸水します。相方さんもほぼ似たような装備で、ええ。
これで最後まで居れば本日の殊勲甲だったんですが、流石に途中で撤収した模様。風邪ひいてなきゃいいんですがねぇ。

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2008.04.13

ニートへの道。

 どうやらダメそうです(挨拶)。

 職務に対するモチベーションの高さは先月末で「マリアナ海溝ボーリング調査」と言っていたのですが、
今や「モホロビチッチ面あたりまで下がった」と公言して憚りません(苦笑)。
 というのも、現在、無能経営者の「思いつき」(発案とすらいえない)で、アラカン山脈越えとオーエン・スタンレー山脈越えと大陸打通作戦とアリューシャン侵攻作戦を同時に発動している状態なのですが(これだけでもボロボロ、しかも兵站計画は本当に帝国陸軍の方が遥かに優れている)、4月の新人事で無能経営者の完全独裁体制が確立されまして、今後ともこの種の「思いつき」作戦が次々展開され、かつ止める者もない状態になることが判りました。
 一将も功ならずして万骨枯る、誰の得にもならず誰からも感謝されない作戦にこれ以上動員されるのはまっぴら御免です。もう金とか出世の問題じゃない。

 おまけに4月の「社」内報の特集が、「経営責任とばかり言ってないで個々人が出来ることをしよう(大意)」ですもの。いや、どう考えても経営責任だろ、と言いたくなる事象列挙して、それでも「職域奉公完遂」ってどこの大本営ですか(爆笑)。「精神力は無限大」かよ。(ところで、「精神の力は無限であります」って、誰が言い出した言葉か、出典(できれば初出)を探しています。ご存知の方はコメントへご一報を)

 これはどう考えてもウチの事業体は3~5年内に沈みます。ということで自分が仆れたり他人が仆れたりするのを見るに忍びないので逃げることに決めました。時期は言えませんが、そう遠くないことは保証します。
(というか3月末予定だったのだが逃げ損ねた)
 現在主治医と色々画策中。家族の同意も取り付けてあります。


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2007.06.14

これ、なんですか。

えーと、このような画像ニュースがあります。

http://www.recordchina.co.jp/show.php?img=CFP388621270-1.JPG

持ち主は「日本軍が盧溝橋事件の際に使った戦車だ!」と主張しているようですが、
いやどっから見ても当時の日本製装甲車両じゃねぇだろコレ。

しかしじゃあ何かと言われると皆目見当がつきません。
ちょいちょいとWebを当たってみた結果
国共内戦あたりで使われたソ連軍払い下げのT-34/76 1943年型あたりじゃねーかとも
思ったりしてますが、私ゃ兵器そのものには全然詳しくないミリ系ポリオタなので
果たしてこの見立てが正しいかどうか判断がつきません。

指揮車もとい識者のコメントをお待ちしております。

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2007.06.03

モザイク画像。

 とかタイトルを付けてみると釣られる人が増えるかどうかテスト(挨拶)。

 さて、日曜日ですが、いろいろとありまして大変でした。

 まずは上京してS氏と待ち合わせ、職場の処分品(ただし、まだ使える)のプリンタを無償で譲渡。まあ、自分も最初のプリンタは人様に(Charlie氏に)貰ったものなので(VZでESP/Cコマンドとか混ぜながらしこしことテキストを印刷してました、って何人判るのかこの時代で)、他者に受けた親切は更に他者に繋いでいくという観点から進呈した次第。何より廃物利用なので俺の懐全く痛んでないし

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2007.05.12

一日うろうろ。

 とりあえず朝から病院。
 4月末にかなり増悪して、連休で持ち直して、5月に入って「一兵卒は言われた通りのことをしていればよいのだ」と開き直った、一応起床時刻と無欠勤は維持できている旨報告。
 いつもの通りにお薬を出しておきましょう、という結論。

 薬屋で薬を受け取り、昼食のあと、車を買った工場で1ヶ月目無料定期点検を受け、異常なしとの報告を受ける(まあ殆ど乗ってないのに異常があったら大変だが)。

 カー用品店へ行ってとりあえず停止表示板()と十字ホイールレンチと傷隠しペンを購入。他にもいろいろ小物を買ってしまった。

 そのあと半額キャンペーン中のTSUTAYAへ行っていろいろ資料を借りてくる。「日本一のゴリガン男」とか(何の資料だ)。

 疲れて帰宅。夕食は新車購入のお礼で貰った食事券で、一家で回らないお寿司を食べる。回らない分、味はいいが値段もそこそこ。もっとも、人様にお勧めするほどのものではなかった。

 夜はL&Sのリアクション公開日だが、1週間は延びるだろうと思っていたらきちんと当日に公開されてびっくり。あたふたと内容を検討する。とりあえず有賀幸作に「イエローゲーリング」の異名を与えることに個人的に決定。あとは戦線の展張具合を見るとどうもラスプーチンはこっちに転がり込んで来る可能性が大。できれば東の「MI記念病院」あたりで「決して殺さない」人道的な治療(inspired from "COYOTE", by Kota Hirano)を受けて欲しいのだが…って心配するところが違うがな。

 とりあえず本当に心配なところは翌日から考えることにして、今日のところは寝こける。

↓おまけ
 コンビニで買物をした際に、なんとなくツボにはまったので写真を撮ってみた。
 武器を構えたキメポーズというのもなかなかに差別化が大変そうである。

(似たような決めポーズが表紙の漫画誌3誌)

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